千田と名馬のトリビアな関係
千田輝彦騎手が11月20日をもって現役を引退した。通算278勝はトップジョッキーの2年分にすぎないが、伊藤雄二厩舎で培った調教技術に対する評価は非常に高い。今後は藤岡健一厩舎の調教助手として、いい仕事をしてくれるに違いない。
一流馬揃いの名門厩舎に所属していたため、騎乗機会には恵まれなかったが、同騎手の初騎乗はなんと重賞。1988年3月の中日新聞杯。前年のダービー3着馬、ニホンピロマーチに騎乗して8着に終わったが、初騎乗が重賞というジョッキーは、おそらく空前絶後だろう。
ほかにも千田はユニークな実績をいくつか残している。G1は6回しか騎乗していないのに、それがビッグレースばかりであることもそのひとつ。最高着順は3着だが、通算278勝の騎手が、桜花賞(90年スイートミトゥーナ競走中止)、オークス(00年フサイチユーキャン12着)、エリザベス女王杯(91年スカーレットブーケ3着)、ダービー(96年オーシャンカレント12着)、菊花賞(92年ダイイチジョイフル5着)、天皇賞春(92年メイショウビトリア14着)に騎乗経験があるというのは、かなり幸運と言えよう。
重賞は6勝しているが、最大の勲章は2000年の札幌3歳ステークス。新馬戦に続いて手綱をとったジャングルポケットで、タガノテイオー、テイエムオーシャンを下したレースだ。渡辺栄調教師がこれほどの馬になぜ千田を乗せたのかは分からない。ジャングルポケットのデビュー2戦の騎手は?ときかれて即答できる競馬ファンは、相当のマニアだろう。
千田はもう1頭、ある名馬の新馬戦にも騎乗している。1996年8月31日の函館芝1800m。1000m通過が「1分12秒」、勝ちタイムが2000m戦かと見紛う「2分01秒6」。この伝説的な低レベルレースを制した6頭立て6番人気のメジロブライトに騎乗していたのが、なんと千田だったのである。同馬に騎乗したのはこれが最初で最後だ。
新馬戦だけのピンポイントコンビはただでさえ忘れられがち。加えて、その馬が後に他の騎手とのコンビでスターホースになってしまうと、意外性というおまけもつく。90年代以降のG1級勝ち馬の新馬戦では、千田とメジロブライトのほかに以下のようなピンポイントコンビがあるが、その多くが「?」という印象を抱かせるのではないだろうか。
イブキマイカグラ →樋口弘で7着
ナリタタイシン →横山典弘で6着
ベガ →橋本美純で2着
フジキセキ →蛯名正義で1着
ダンスパートナー →増井裕で1着
エリモシック →渡辺薫彦で4着
タニノギムレット →横山典弘で2着
オレハマッテルゼ →岩田康誠で11着
コスモサンビーム →安藤勝己で5着
サンライズバッカス→池添謙一で15着
カネヒキリ →柴田善臣で4着
テイエムプリキュア→赤木高太郎で1着
アドマイヤジュピタ→武豊で8着
ウオッカ →鮫島克也で1着
ディープスカイ →松田大作で4着
リトルアマポーラ →デムーロで1着
マイルチャンピオンシップは、上記のリストに新たに名を連ねる候補が、アドマイヤスバル&本田優、コンゴウリキシオー&佐藤哲三、サイレントプライド&村田一誠、スーパーホーネット&岩崎祐己、ブルーメンブラット&小牧太と五組もいるが、はたして…。

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